東京地方裁判所 平成11年(ワ)7894号 判決 1999年11月26日
主文
一 被告は、甲事件原告甲野花子に対し金六四二万七七五一円及びこれに対する平成一一年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同原告乙山春子に対し金四八三万七四二〇円及びこれに対する同日から支払済みまで同様の割合による金員を、それぞれ支払え。
二 被告は、乙事件原告丙木春夫に対し金四八〇万円及びこれに対する平成一一年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告ら及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じてこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は一項及び二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 甲事件
被告は、原告甲野花子に対し金一二八〇万六二五一円及びこれに対する平成一一年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告乙山春子に対し金一〇二九万五九二〇円及びこれに対する同日から支払済みまで同様の割合による金員を、それぞれ支払え。
二 乙事件
被告は、原告丙木春夫に対し金一〇二五万八五〇〇円及びこれに対する平成一一年八月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 甲事件及び乙事件は、いずれも被告の株主である原告らが、被告のために被告の取締役らに対してそれぞれ株主代表訴訟を提訴し又はこれに訴訟参加し、右取締役らとの間で訴訟上の和解が成立したことから、被告に対し、商法二六八条ノ二第一項に基づき右訴訟の遂行に要した費用及び弁護士報酬相当額の支払を求めた事案である。
二 前提事実(認定事実には文末に証拠を掲記する)
1 甲事件原告甲野花子(以下「原告甲野」という)、同乙山春子(以下「原告乙山」という)及び乙事件原告丙木春夫(以下「原告丙木」という)は、平成九年当時いずれも被告の株主であった。
被告は、有価証券の売買、媒介及び引受け等を業とする会社である。
2 原告甲野(被告株式五〇〇〇株を保有)は平成九年三月及び六月、同乙山(同株式約一〇〇〇株を保有)は同年六月及び七月ころ、それぞれ被告の監査役に対し、被告の取締役らが証券取引法五〇条ノ三(損失補てんの禁止)及び商法二九四条ノ二第一項(株主の権利の行使に関する利益の供与の禁止)に該当する違法行為をして被告に損害を与えたと指摘して、本通知受領後三〇日以内に右取締役らに対する損害賠償請求の訴えを提起するよう求めたが、被告はこれに応じなかった<証拠略>。
3(一) 原告甲野は、被告のために、平成九年五月二日、同年三月ころまで被告の代表取締役社長の地位にあったO、同じく取締役常務の地位にあったP、同Q及び同R(以下「被告取締役ら四名」という)に対し、商法二六七条二項により取締役の責任を追及する訴え(東京地方裁判所平成九年(ワ)第八六七二号。いわゆる株主代表訴訟。以下「第一事件」という。なお、以下で掲記する事件番号は、いずれも東京地方裁判所係属事件のものである)を、同年七月三一日には右O及びR(以下「被告取締役ら二名」という)に対し、新たな株主代表訴訟(平成九年(ワ)第一五七八〇号。以下「第二事件」という)をそれぞれ提起した。
(二) 第一事件は、被告取締役ら四名が、平成七年一月から七月までの間に、実際は被告が自己の計算により行った有価証券売買等の取引から生じた利益七〇〇〇万円を、いわゆる総会屋との関連を有する会社から委託を受けて行った取引により生じた利益であるかのような外観を作出して右会社名義の取引勘定に帰属させ(いわゆる「花替え」又は「付替え」)、もって右会社に利益供与をした行為が、証券取引法五〇条ノ三や商法二九四条ノ三や商法二九四条ノ二第一項などに該当する違法な行為であり、右取締役らはその任務に違反して被告に損害を生じさせたなどとして、原告甲野が被告のために右取締役らに対し、商法二六六条一項二号及び五号に基づく請求として右利益供与相当額七〇〇〇万円の損害賠償金の支払を求めた事案である(甲一)。
(三) 第二事件は、被告取締役ら二名が、平成七年三月ころ、いわゆる総会屋に対して現金三億二〇〇〇万円を交付した行為が、証券取引法五〇条の三や商法二九四条ノ二第一項などに該当する違法な行為であり、右取締役らはその任務に違反して被告に右同額の損害を生じさせたなどとして、原告甲野が被告のために右取締役らに対し、商法二六六条一項二号及び五号に基づく請求として右利益供与相当額三億二〇〇〇万円の損害賠償金の支払を求めた事案である(甲二)。
4 原告乙山は、平成九年八月七日、丁野一郎と共に被告のために、O、P、Q、R、同年四月ころまで被告の代表取締役副社長の地位にあったS及びT(以下「被告取締役ら六名」という)に対し株主代表訴訟(平成九年(ワ)第一六四六二号。以下「第三事件」という)を提起した。
第三事件は、被告取締役ら六名が、平成七年一月から七月までの間に、総会屋との関連を有する会社名義の取引勘定に被告の自己取引勘定で生じた利益約五八五三万円を帰属させるとともに、右総会屋に対し現金三億二〇〇〇万円の利益を供与した行為が、証券取引法五〇条の三や商法二九四条ノ二第一項などに該当する違法な行為であり、右取締役らはその任務に違反して、被告に右利益供与相当額三億七八五三万円及び拡大損害六〇一〇万円(右違法行為発覚の後、被告が東京都等の発行する地方公募公債の引受幹事団から除外されたために失った得べかりし利益)の損害を生じさせたとして、原告乙山及び丁野が被告のために右取締役らに対し、商法二六六条一項二号及び五号に基づく請求として合計四億四〇八七万二二五〇円の損害賠償金の支払を求めた事案である(甲三)。
5 原告丙木(被告株式約一万二〇〇〇株を保有)は、平成九年一〇月二二日、被告のために、原告甲野の共同訴訟人として第一事件に、同乙山及び丁野の共同訴訟人として第三事件にそれぞれ訴訟参加し(それぞれ平成九年(ワ)第二二四〇一号及び平成九年(ワ)第二二四〇六号。以下「第四事件」及び「第五事件」という)、各事件において被告取締役らに対し合計一二億九〇〇〇万円の損害賠償金の支払を求めた(乙六四、六五)。
6 原告甲野は第一及び第二事件につき弁護士仲田信範及び同東澤靖(以下「東澤弁護士」という)らに、原告乙山は第三事件につき弁護士塚原英治(以下「塚原弁護士」という)らに、原告丙木は第四及び第五事件につき弁護士藤井與吉(以下「藤井弁護士」という)らに対してそれぞれ訴訟代理を委任し、右各弁護士は右各代理権に基づきそれぞれ第一ないし第五事件(以下「本件各事件」という)を提起遂行した<証拠略>。
7 本件各事件は、平成一〇年一〇月二七日併合され、同日原告らと被告取締役ら六名との間で以下の内容の訴訟上の和解が成立した(甲四。以下「本件和解」という)。
(一) O及びRは本件利益供与及び損失補てんについて法的責任を認める。
(二) Qは本件付替え行為による利益供与及び損失補てんについて法的責任を認め、その余の行為によるその他の利益供与及び損失補てんが発生したことについては役員の地位にあった者として道義的責任のあることを認める。
(三) P、S及びTは、右(一)の利益供与等が発生したことについて、役員の地位にあった者として道義的責任のあることを認める。
(四) O、R及びQは、被告に対し、本件利益供与及び損失補てん額を含む損害賠償債務として、連帯して三億八〇〇〇万円の支払義務のあることを認め、右金員を以下のとおり分割して支払う。
(1) 平成一〇年一一月三〇日限り二億円
(2) 平成一一年から平成三〇年まで毎年六月三〇日及び一二月三一日限り各四五〇万円宛(合計一億八〇〇〇万円)
(五) P、S及びTは、被告に対し、連帯して右(四)の金員のうち二億円について支払義務のあることを認め、O、R及びQと連帯して、これを平成一〇年一一月三〇日限り支払う。
8 被告取締役ら六名は被告に対し、右7(四)(1)の期限までに和解金二億円を支払い、平成一一年六月三〇日までに分割金四五〇万円を支払った。
9 原告甲野と同丙木は、平成一〇年一二月二四日ころ、商法二六八条ノ二に基づき被告に対して本件各事件の弁護士報酬相当額として合計三一七一万円(原告甲野について一二一七万円、原告乙山(丁野の分も含む)及び同丙木についてそれぞれ九七七万円)を請求することを合意し、原告乙山及び丁野もこれを了承したため、原告らは被告に対し、同月二八日ころ、右弁護士報酬額及び本件各事件の提起遂行に要した費用として、その合計額(本訴の請求額)の支払を請求したが、被告はこれを支払わなかった<証拠略>。
三 当事者の主張
1 原告ら
(一) 弁護士報酬について
(1) 原告らは、本件各事件についての訴訟代理を委任するに際し、各弁護士に対し、それぞれ弁護士報酬として第二東京弁護士会ないし日本弁護士連合会の弁護士報酬基準に基づく標準着手金及び標準報酬金(消費税別)を支払うことを約束した。
(2) 本件和解によって被告が得た経済的利益は三億二六〇〇万円(分割払金一億八〇〇〇万円については、その一〇分の七である一億二六〇〇万円が算定の基準となる経済的利益に当たるものとする)であるところ、右(1)の弁護士報酬基準によれば、右経済的利益に対する弁護士の標準着手金額は一一二九万円、標準成功報酬金額は二〇四二万円(合計三一七一万円)である。
(3) 原告らは、本来各自が和解金額の満額を基準として算定した弁護士報酬請求権を有するところ、たまたま並行する訴訟や、共同訴訟参加があったため、三者併せて、単独で提訴した場合の標準報酬額三一七一万円を商法二六八条ノ二第一項の相当報酬額として請求することとし、各原告の取得割合は前提事実9のとおりとすることを合意した。
したがって、本訴請求額は相当な弁護士報酬額である。
(4) なお、原告らは、O、R及びQと併せて、刑事被告人となっていない取締役ら(S、T、P)をも訴え、連体債務者を増やして和解金の支払を確実にし、また、被告が被った拡大損害についても主張立証してOらが刑事訴追された利益供与額を一〇〇〇万円以上も上回る金額を支払う旨の和解を成立させたものである。
(二) 費用について(原告甲野及び同乙山)
原告甲野が第一及び第二事件を提訴遂行する際に要した費用は合計二万七七五一円であり、原告乙山が第三事件を提訴遂行する際に要した費用は合計三万七四二〇円である。
(三) よって、原告甲野は被告に対し、必要費二万七七五一円及び弁護士報酬一二七七万八五〇〇円(着手金四二九万円、成功報酬金七八八万円及び消費税相当額六〇万八五〇〇円)の合計一二八〇万六二五一円及びこれに対する請求の日の後である訴状送達の日の翌日(平成一一年四月二九日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告乙山は被告に対し、必要費三万七四二〇円及び弁護士報酬一〇二五万八五〇〇円(着手金三五〇万円、成功報酬金六二七万円及び消費税相当額四八万八五〇〇円)の合計一〇二九万五九二〇円及びこれに対する同日から支払済みまで同様の割合による遅延損害金の支払を、原告丙木は被告に対し、弁護士報酬として一〇二五万八五〇〇円(着手金三五〇万円、成功報酬金六二七万円及び消費税相当額四八万八五〇〇円)及びこれに対する請求の日の後である訴状送達の日の翌日(平成一一年八月二六日)から支払済みまで同様の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。
二 被告
1 弁護士報酬相当額及び必要費については否認ないし争う。
2 商法二六八条ノ二第一項に基づく請求は、株主が実際に支出した費用及び弁護士と合意した報酬額を上限として、当該訴訟の難易度や訴訟手続の進行状況などすべての事情を考慮して相当と認められる金額に限定されるところ、本件各事件の被告取締役らの違法行為の内容は、当時被告の発表、刑事捜査の結果及びこれらについての報道により既に明らかになっていたものであり、原告らの努力により解明されたものではないし、被告取締役ら六名は、本件各事件において請求原因事実を争う姿勢も示さず、証拠調べも全く行われなかったのであるから、弁護士報酬としては弁護士報酬基準に基づく着手金・報酬金の標準額から三〇パーセントを減じた額の範囲内で算定することが相当である。
3 なお、本件和解金のうち、分割払金合計一億八〇〇〇万円の和解成立時における現価は一億一二一五万九〇〇〇円(ライプニッツ係数一二・四六二二)であるから、被告が得た経済的利益は右現価を基準とすべきである。
第三 当裁判所の判断
一 弁護士報酬について
1 商法二六八条ノ二第一項によれば、株主代表訴訟を提起した株主が勝訴した場合において弁護士に報酬を支払うべきときは、株主は会社に対し、その報酬額の範囲内において相当なる額の支払を請求することができると定められているところ、右「株主が勝訴した場合」の中には、株主と取締役らの間に訴訟上の和解が成立し、右取締役らが会社に対して損害賠償金を支払う旨を約束した場合も含まれると解するのが相当である。
2 そこで、まず本件各事件を提起した原告らが、各訴訟代理人弁護士に対して支払うことを約束した報酬額について検討するのに、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告甲野及び同乙山は、委任契約の際、それぞれ東澤弁護士及び塚原弁護士に対し第二東京弁護士会報酬会規に基づく標準着手金及び標準報酬金(消費税別)の支払を、原告丙木は藤井弁護士に対し日本弁護士連合会の報酬等基準規程に基づく標準着手金及び標準報酬金(消費税別)の支払をそれぞれ約束したこと、本件和解成立後である平成一〇年一二月二日ころ、原告丙木は藤井弁護士から、経済的利益を三億八〇〇〇万円とした上で、報酬等基準規程一七条一項によって算出した着手金一一二九万円と、経済的利益を三億二六〇〇万円とした上で、右規程により算出した報酬金二〇四二万円との合計額三一七一万円の三分の一に当たる一〇五七万円について支払請求を受けたことが認められ、また、原告らが平成一〇年一二月二四日ころ被告に対し、本件各事件の弁護士報酬相当額として合計三一七一万円(原告甲野について一二一七万円、原告乙山(丁野の分も含む)及び同丙木についてそれぞれ九七七万円)を請求することに合意したことは前記第二の二9のとおりである。
3 しかし、原告らは商法二六八条ノ二第一項に基づいて、原告らが各訴訟代理人に対して支払を約束し又は各訴訟代理人から支払を請求された報酬の全額を被告に対して請求することができるわけではなく、被告に対して支払を請求できる額は、前示のとおり右弁護士報酬額の範囲内で相当と認められる額に限られる。そして、右相当額については、個別具体的な訴訟において、その請求額、当事者の数、事案の内容(難易度)、弁護士の手数の繁簡(口頭弁論期日の回数、提出した訴訟資料の内容、証拠調べの内容、和解交渉の経緯、事件の終了に至るまでの期間等)、提訴前に採った措置、訴訟の結果会社が得た利益などの諸般の事情を考慮して、弁護士がする訴訟追行の対価として相当な額であるかどうかという観点から客観的に判断すべきである。
以上を前提として、原告らが被告に対して請求することができる弁護士報酬の相当額について検討するのに、<証拠略>、公知の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件各事件の経緯について以下の事実が認められる。
(一)(1) 平成九年三月六日、当時被告の代表取締役副社長の地位にあったTは記者会見を開き、当時被告の取締役常務の地位にあったQ及び同Rがいわゆる総会屋に対して、平成五年ころから五回にわたり花替えの手法により約七〇〇〇万円の利益を供与した事実があった旨を発表し、そのころ各大手新聞等は、右事実を報道した。
(2) 同年五月一四日、Q及びRは、総会屋に対し花替えの方法で約四九〇〇万円の利益を供与して商法(利益供与)及び証券取引法(損失補てん)に違反した疑いで逮捕され、そのころ各大手新聞等は、右事実と併せて、右取締役らが右被疑事実を大筋で認める供述をしていることを報道した。
(3) 同年三月ころまで被告の代表取締役社長の地位にあったOも、同年五月三〇日、Rらの総会屋に対する約三八〇〇万円の右利益供与の事実について事前に了承していたとの疑いで逮捕され、そのころ各大手新聞等は、右事実と併せて、Oが右被疑事実を大筋で認める供述をしていることを報道した。
(4) 同年六月一九日、O、Q及びRは、共謀して総会屋に対し三億二〇〇〇万円を現金で交付したとの疑いで再逮捕され、各大手新聞等は、右事実と併せて、Oらが右被疑事実を大筋で認める供述をしていることを報道した。
(二) 原告甲野について(第一及び第二事件)
(1) 第一事件は、平成九年五月二日提訴され、二回の口頭弁論期日を経た後、平成一〇年二月二四日からは裁判所の和解勧告に基づいて合計七回の和解期日を重ね、同年一〇月二七日本件和解成立により終了した。
(2) 右事件の概要は前提事実3(一)及び(二)記載のとおりであるところ、被告取締役ら四名のうちPを除く三名は、第一回口頭弁論期日(平成九年七月一〇日)において請求棄却を求める旨の答弁書を提出しただけで請求原因に対する認否を留保し、その後も本件和解成立時まで請求原因事実を明らかには争わなかった。
一方、被告取締役ら四名のうちPは、平成九年七月一〇日、訴状記載の請求原因の重要な部分の主張自体が失当であること、仮に右主張自体が大幅に補充ないし変更されたとしても請求原因事実を立証できる見込みは極めて低いことを理由に、右事件に係る訴えは原告らの悪意に出でたるものであると主張して、東京地方裁判所に対し、商法二六七条五項に基づき担保提供命令を申し立てた(平成九年(モ)第七七六八号)。右申立てに対しては原告側がその必要性を全面的に争い、和解勧告時までに右申立事件に関して合計五回の期日が開かれた。
また原告甲野は、第一回口頭弁論期日前の平成九年五月六日、東京地方裁判所に対し被告の取締役会議事録閲覧及び謄写の許可を申し立て(平成九年(ヒ)第八九号)たが、被申請人である被告が右議事録の閲覧及び謄写の必要性はない旨主張し、右申立てを争ったため、右申立事件に関して合計一〇回の期日が開かれた。なお、原告甲野は、その後被告との間で閲覧及び謄写する議事録の範囲について合意が成立したため、平成一〇年一月二七日、右申立てを取り下げた。
以上のほか、原告甲野は第一回口頭弁論期日前の平成九年七月七日、被告取締役らの総会屋に対する利益供与の事実を立証するため、被告に対する文書送付嘱託命令及び株式会社第一勧業銀行に対する調査嘱託命令を申し立てたが、採用決定はされなかった。
(3) 東澤弁護士が右事件の提訴ないし遂行のために作成して裁判所に提出した資料は、訴状、準備書面、文書送付嘱託申立書、調査嘱託申立書、取締役会議事録閲覧及び謄写許可の申立書、同準備書面それぞれ一通ずつ並びにPの担保提供命令申立てに対する答弁書及び同準備書面二通である。
(4) 第二事件は、平成九年七月三一日に提訴され、二回の口頭弁論期日を経た上で、平成一〇年二月二四日からは裁判所の和解勧告に基づいて合計七回の和解期日を重ね(第一事件と同一の日時に指定され、並行して実施された)、同年一〇月二七日第一事件に併合された上、本件和解成立により終了した。
右事件の概要は前提事実3(一)及び(三)記載のとおりであるところ、被告取締役ら二名は、第一回口頭弁論期日(平成九年九月一八日)において請求棄却を求める旨の答弁書を提出しただけで請求原因に対する認否を留保し、その後も本件和解成立時まで請求原因事実を明らかには争わなかった。
東澤弁護士が右事件の提訴ないし遂行のために作成して裁判所に提出した資料は、訴状のみである。
(三) 原告乙山について(第三事件)
(1) 第三事件は、第一及び第二事件提訴後の平成九年八月七日に提訴され、第一回口頭弁論期日(平成九年一〇月三〇日)以降は原告側と被告取締役ら側それぞれに別の期日が指定され、受訴裁判所との事実上の協議期日(原告側については合計六回)が行われるとともに、合計四回の和解期日(第一事件と同一の日時)が指定され、平成一〇年一〇月二七日第一事件に併合された上、本件和解成立により終了した。
(2) 第三事件の概要は前提事実4記載のとおりであるところ、被告取締役ら六名は、平成九年一〇月二八日、訴状記載の請求原因の重要な部分について主張自体が失当であること、仮に主張自体が大幅に補充ないし変更されたとしても請求原因事実を立証できる見込みは極めて低いことを理由に、右事件に係る訴えは原告らの悪意に出でたるものであると主張して、担保提供命令を申し立てた(平成九年(モ)第一二二七九号)が、右申立ては右(1)のとおりの訴訟経過の後、本件和解成立時に取り下げられた。
(3) 塚原弁護士が、右事件の提訴ないし遂行のために作成して裁判所に提出した資料は、訴状、上申書(同一の違法行為について、個別の株主による複数の株主代表訴訟が提起された場合の扱いに関する意見書)、準備書面、調査嘱託申立書それぞれ一通ずつである。
(四) 原告丙木について(第四及び第五事件)
(1) 原告丙木は、平成九年九月二四日、第一ないし第三事件と同様の違法行為を理由として被告取締役ら六名に対する株主代表訴訟を提起したが、既に第一ないし第三事件が継続していたため二重起訴になる旨裁判所の指摘を受け、同年一〇月一五日右訴訟を取り下げた。
(2) 第四事件は、右訴訟取下後の平成九年一〇月二二日に申し立てられたが、口頭弁論期日を経ることなく平成一〇年二月二四日からは裁判所の和解勧告に基づいて和解期日が指定され、合計七回の和解期日を重ねた後、同年一〇月二七日本件和解成立により終了した。原告丙木は、平成九年一一月一五日、被告に対する文書提出命令を申し立てたが、採用決定はされなかった。
(3) 第五事件は、第四事件同様平成九年一〇月二二日に申し立てられたが、訴訟上の手続としては口頭弁論期日一回、和解期日四回(和解期日はいずれも第四事件と同一の日時)を経て、平成一〇年一〇月二七日第三事件と共に第一事件に併合された上、本件和解成立により終了した。
(4) 藤井弁護士が、第四及び第五事件の提訴ないし遂行のために作成して裁判所に提出した資料は、共同訴訟参加の申出書一通、文書提出命令申立書一通(第四事件について)及び訴え取下書一通である。
(五) ちなみに、平成九年当時施行されていた第二東京弁護士会報酬会規及び日本弁護士連合会の報酬等基準規程(以下併せて「弁護士報酬基準」という)には、次のとおり定められている。
(1) 弁護士報酬は、法律相談料、鑑定料、着手金、報酬金、手数料、顧問料及び日当とする(三条一項)。
(2) 着手金は事件又は法律事務の性質上、委任事務処理の結果に成功不成功があるものについて、その結果のいかんにかかわらず受任時に受けるべき委任事務処理の対価をいい、報酬金は同様の事件について、その成功の程度に応じて受ける委任事務処理の対価をいう(三条二項)。
(3) 着手金は事件等の対象の経済的利益の額を、報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定する(一三条)。
(4) 右の経済的利益の額は、特に定めのない限り、次のとおり算定する(一四条)。
(一項) 金銭債権 債権総額(利息及び遅延損害金を含む)
(二項) 将来の債権 債権総額から中間利息を控除した額
(三項) 継続的給付債権 債権総額の一〇分の七
(5) 前条で算定された経済的利益の額が、紛争の実態に比して明らかに大きいときは、弁護士は、経済的利益の額を、紛争の実態に相応するまで減額しなければならない(一五条一項)。
(6) 訴訟事件の着手金及び報酬金は、特に定めのない限り、経済的利益を基準として、それぞれ次表のとおり算定する(一七条一項)。
三〇〇万円以下の部分 着手金八パーセント、報酬金一六パーセント
三〇〇万円を超え三〇〇〇万円以下の部分 着手金五パーセント、報酬金一〇パーセント
三〇〇〇万円を超え三億円以下の部分 着手金三パーセント、報酬金六パーセント
三億円を超える部分 着手金二パーセント、報酬金四パーセント
(7) 前項の着手金及び報酬金は、事件の内容により、三〇パーセントの範囲内で増減額することができる(一七条二項)
4 以上のとおりであり、原告らは各自が個別に本件各事件を提訴したものであるが、その主張の内容となる違法行為の大部分は重複しており、実際の審理の大部分が事実上並行して実施された共通の手続の中で進められたこと、原告らは本件和解成立後、被告が得た経済的利益を基準として算出される弁護士報酬額(三一七一万円)をあらかじめ原告ら内部で配分するとともに、原告らがまとまって右報酬額を被告に請求したことが認められ、右各事実に照らせば、本件各事件については株主たる原告の人数、訴訟代理人弁護士の人数及び訴訟の数にかかわらず、一人の株主が一人の弁護士に委任して一つの訴訟を提訴した場合の弁護士報酬の額を、原告ら三者が被告に対して請求し得る相当な弁護士報酬の総額とするのが相当である。
そして、前記認定事実によれば、本件各事件に関しては各弁護士が請求原因事実を特定して訴状を提出した後、被告からの担保提供命令の申立てに対して反論したり、被告取締役会議事録閲覧及び謄写の申立てをしたり、更には和解交渉に臨んだりするなどの訴訟活動を行っているものの、第二ないし第五事件においては請求原因とされている本件利益供与や損失補てんの事実の存否、被告取締役ら六名による違法行為の有無などについて本格的な主張・立証等の訴訟活動が開始される以前に、また第一事件においても請求原因の内容についての主張整理や証拠調べが実施されないうちに、わずか一、二回の口頭弁論期日の後、早期に和解期日が指定され、本件各事件は提訴後約一年ないし一年六月で本件和解の成立により終了したものであること、その主たる原因は当時既に利益供与の疑いで逮捕されるなどしていた被告取締役ら(本件各事件は第一事件を除きいずれもO、Q及びRの逮捕後に提訴された)が提訴を受けた当初から基本姿勢として請求原因事実を争う訴訟方針を採ることなく、早期に和解に応じたことにあると認められること、一方、本件各事件の結果、被告は債権額にして総額三億八〇〇〇万円の利益を回復していること、右金額を基準として前記3(五)の弁護士報酬基準に形式的に従って算定した場合の標準着手金及び報酬金は合計三一七一万円となること(ただし、三億八〇〇〇万円のうち分割払が予定されている一億八〇〇〇万円については、同基準一四条三項を適用して債権総額の一〇分の七である一億二六〇〇万円が同基準一七条一項を適用する際の基準となる経済的利益になると解すべきである)等一切の事情を考慮すると、原告ら三者が被告に対して請求し得る本件各事件の相当な弁護士報酬の総額は、本訴請求に係る報酬額の範囲内で一六〇〇万円と認めるのが相当である。
そして、右の内訳については、原告らが既に合意している被告に対する請求配分額の割合や各訴訟代理人の訴訟活動の内容に照らして、原告甲野が六四〇万円、同乙山が四八〇万円、同丙木が四八〇万円と認めるのが合理的である。
したがって、原告らの請求はそれぞれ右の限度で理由があるが、これを超える部分は理由がなく失当である。
二 費用について(原告甲野及び同乙山)
1 前記各認定事実、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告甲野は第一及び第二事件に関して内容証明郵便料六七六〇円、商業登記簿謄本及び有価証券報告書の調査費用合計一万六五五一円、取締役会議事録閲覧及び謄写許可申立て(取下により終了)の印紙代六〇〇円及び同郵券三八四〇円の合計二万七七五一円を支出したこと、原告乙山は第三事件に関して内容証明郵便料一七二〇円、有価証券報告書の調査費用一四七〇円、弁護士会照会請求の費用二万四六三〇円及び刑事記録の謄写費用九六〇〇円の合計三万七四二〇円を支出したことが認められる。
2 右認定事実によれば、原告甲野及び同乙山が支出し、本訴において請求している費用はいずれも第一ないし第三事件を行うために必要な費用にして訴訟費用にあらざるものであると認められるから、右に関する原告の請求は理由がある。
三 よって、原告らの請求はいずれも主文掲記の範囲で理由があるから、右限度で認容することとし、その余の請求については理由がないから、いずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 髙橋譲 山田麻代)